第022回
2005.03.19
14:00~17:00
悪と暴力の倫理学 第一弾
荒谷 大輔
市場の暴力の裏側――「経済学批判」の実践にむけて
「ヘーゲルは逆立ちをしている」。『ドイツ・イデオロギー』の序論にみられる、マルクスのこのあまりにも有名な定式は、しかし、これまでどれだけ真摯に向き合われてきただろうか。観念論から脱却し、現実的な実践から出発しなければならない。こうした呼びかけに応えるために、マルクス主義者たちは、現実の経済現象を分析し、そこを貫く歴史的な法則を見出そうとしてきた。だが、そうした試みは、おそらくは、過剰なまでに「イデオロギー」を排そうとする態度において、「歴史」に働く現実的な「思想」の力を過小評価し、「科学」に仮託した言葉によって、マルクス自身の定式を裏切ってきたように思える。今日、マルクスの経済分析に立脚して展開される経済学において、現実に足をつけずに逆立ちしているのは、まさにマルクスの方になっているのである。
本発表において目指されるのは、現代において一層猛威を振るっているグローバルな経済状況において、経済現象の背後に、現実に機能している歴史的かつ思想的な構造を批判的に検討することである。それはおそらく、高踏的な概念の操作によってロックやカントの認識論を「思想的」に止揚しただけで、現実の社会における市場経済の侵入を看過していた当時のドイツ観念論に対して、マルクスが突き付けた批判につながるものであるはずである。人間の「自然状態」を設定し、自由な個人の私的所有を基礎として語り出される経済学は、よく知られているように、経験論的な世界観を根底に据えるものである。自由な個人の私的所有による経済活動という前提は、しかし、本発表において、アダム・スミスによる最初の経済学の体系化においてすでに、ある二重性を含み持つものであったことが明らかになるであろう。グローバルな経済を支える「信用」のシステム(ヒルファーディング・金融論)と市場原理の内部において必然的に立ち現れる市場の外部性(コース・企業論)を考察することによって、市場原理の「裏側」にある構造を、明らかにしていきたい。
【参考文献】
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アダム・スミス『国富論』
(岩波文庫) -
水田洋『アダム・スミス研究』
(未来社) -
ルドルフ・ヒルファーディング『金融資本論』
(岩波文庫) -
ロナルド・コース『企業・市場・法』
(東洋経済社) -
中山智香子「『市場』をめぐる権力」『差異のエチカ』
(ナカニシヤ出版) -
ドゥルーズ=ガタリ『アンチ・オイディプス』
(河出書房新社)